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ご挨拶 フロンティアーズGM 嶋 平
いつもフロンティアーズへのご支援、ご声援を賜り誠に有難うございます。
今年度のスローガンは「ONE FAMILY」 -日本一のチームになる- としました。
フロンティアーズは、「日本ー」の集団・家族になるため、以下の思いを抱き一年を通じて活動いたします。
◆日本一を狙うチームであること
◆お互いをリスペクトし、高め合いともに戦うこと
◆日本でただ一つだけのチームになること
◆FRONTIERSのスピリット魂を持ち、アメリカンフットボール界に名を残す使命を持ち、
常に前に進んでいくこと
◆FRONTIERSの名らしく、新たな歴史を今年必ず作る使命を持ったメンバーだと自覚すること
◆FRONTIERSの名らしく、日本一前向きな、そして日本一高い意識を持ったチームになること
今シーズンも、どうか試合会場にお越し下さい。皆様と一緒になって戦っていきたいと思います。
今後ともより一層ご声援いただきますようよろしくお願いいたします。
チームプロフィール
○創部 1985年3月
○発足経緯
1984年、富士通グループ全社のアメフト経験者が集まり、同好会として発足。
翌年、"アマチュアリズムで仕事もフットボールも日本一に"をスローガンに、日本アメフト界の開拓者となることを誓い「FRONTIERS」と命名し正式にスタート。以降、急速に力をつけ創部3年目には社会人最高峰リーグ(1部リーグ)に昇格。92年には念願のリーグ優勝を果たした。また同年から、春の社会人王者を決するトーナメント戦「パールボウル」において3年連続で決勝に進出するなど一気にフットボール界のトップへと上り詰めてきた。その後、低迷が続いたが2000年には92年以来となるリーグ優勝を全勝で飾り完全復活を果たした。
その後も安定した力を発揮し、03年のパールボウルでは念願の初優勝を果たした。
そして創部20周年を迎えた昨年、大学、社会人の両リーグで指導者として実績を残してきた藤田氏が新ヘッドコーチに就任。悲願の「日本一」に向け、挑戦をつづける。
○活動拠点 富士通川崎グランド 川崎市高津区下野毛3-9
○ホームページ http://sports.fujitsu.com/frontiers/index.html
○歴史(主な戦績と出来事)
| 1985年3月 | 創部(6月1日に記念すべき初練習が多摩川の河川敷で行われた) |
| 1986年 | 日本社会人アメリカンフットボール協会加盟 |
| 1987年 | 日本社会人2部リーグの春季王者決定戦「ジュニア・パールボウル」優勝 秋季リーグ戦に全勝優勝。1部最下位の警視庁との入れ替え戦に30-6で 勝利し、1部リーグへの昇格を果たす |
| 1988年 | 社会人1部リーグ昇格 1部での初の秋季リーグ戦は、1勝4敗と トップレベルの洗礼を受ける |
| 1992年 | 日本社会人1部リーグ 秋季リーグ戦ブロック優勝/春季社会人王者決定 「パールボウ ル」にて準優勝 |
| 1993年 | 春季社会人王者決定戦「パールボウル」にて準優勝 |
| 1994年 | 春季社会人王者決定戦「パールボウル」にて準優勝 |
| 1995年 | アメリカンフットボールの本場米国より、外国人コーチを招聘 (STANFORD大学OB) |
| 1996年 | 「日本社会人アメリカンフットボールリーグ」から「Xリーグ」と リーグ名を改名。Xリーグ元年は4位に終わる |
| 1999年 | 第一回アメリカンフットボール・ ワールドカップに4名の選手・2名のスタッフが参加し、日本代表の優勝に貢献 Xリーグ EAST Div 全勝優勝 決勝トーナメントに進出し準決勝で松下電工に敗戦 |
| 2002年 | XリーグEAST Div.にて優勝。決勝トーナメントで勝ち進み、 日本社会人選手権(決戦戦「東京スーパーボウル」)に出場 社会人準優勝 |
| 2003年 | 春季東日本社会人王者決定戦「パールボウル」初優勝「第2 回ワールドカップ ドイツ大会」に選手8 名とコーチ1 名が参戦し、日本代表の大会連覇に貢献 |
| 2006年 | 春季東日本社会人王者決定戦「パールボウル」優勝 |
| 2007年 | 「第3回ワールドカップ 川崎大会」に日本代表に選手3名とコーチ1名・スタッフ1名、韓国代表に1名、アメリカ代表に1名が参戦。 |




