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素顔のアスリート2回目は、今年34歳を迎える#20 RB森本裕之選手です。“日本屈指のランニングバック”ともいわれる森本選手は、2000年-2004年のXリーグ5年連続リーディングラッシャーで、2000年に記録した748ヤードは現在も破られていない歴代トップの大記録として残っています。また、2003年の『第2回ワールドカップ・ドイツ大会』では日本代表として活躍し、2004年の前半には新天地として米国・ルイジアナのアリーナフットボールチーム(AF2)で5ヶ月間武者修行をするなど、トッププレイヤーとして数々の経験を積んできました。今回は森本選手のアメフト人生、シーズン中の食事管理、“今”に懸ける思いなどをお伝えします。
アメフト人生の歩み
関大一中時代はバスケットボールに夢中だった森本選手。同じバスケ部の友人に誘われ、高校進学とともに、それまで未知の世界だったアメリカンフットボール部の門を叩きます。「小さい頃から走るのが得意だった」という森本選手は、その俊足を活かし、RBとしてのアメフト人生をスタートします。しかし、高3までは控えのRB。「同い年のエースRBが、とにかく凄い選手で、自分が走るなんて考えられなかったし、自分はFBなどでブロックを頑張っていこうと思っていました」。事実、高2で経験した全国大会(クリスマスボウル)も、控えのRBとして出場。「ボールを持って走ることはありませんでしたが、RBとして使ってもらって、東京ドームをがむしゃらに走り回ったこと、あのときの嬉しさや緊張感は今でも忘れていません」と話します。
そして高校生活最後の年。「高3のときに自然とやったカットバックが原点」と話すほど、森本選手はレギュラーRBとして活躍します。最大のドラマは関西大会進出をかけた大阪大会。逆転につぐ逆転という試合で、森本選手は1試合での獲得ヤードが当時の高校記録で歴代トップとなる走りをみせ、大阪大会優勝に貢献しました。残念ながら全国大会進出は叶いませんでしたが、アメフトに打ち込んだ3年間を終え、関西大学に進学します。「高校でアメフトはやめようと思っていた」という森本選手ですが、当時大学4年生でエースRBの山下次郎さんとの出会いが入部のきっかけとなります。「山下さんに誘われなければアメフトを続けていたかどうか分かりません。RBとしても人間としても、とても素晴らしい人で、憧れの存在です。いまでもかなわないと思います」。
山下さんと関わった時間は、たった1年ですが、憧れの人に少しでも追いつこうという気持ちが、その後の森本選手を作ります。チームが下位に低迷したことで、注目度という意味では上位チームのRBの陰に隠れてしまいましたが、大学2年から森本選手はエースRBとして頭角を現し、関東の大学チームにも名を知られる程に成長しました。
そのまま鳴り物入りでフロンティアーズに入部--というストーリーを期待したいところですが、1年間の留年時代に全く運動をしなかった森本選手。米国短期留学で生活環境が変わったこともあり、現役時代の面影もなくなるくらい急激に太ります。1996年に富士通フロンティアーズに入部したときは、コーチから「サギや!」と言われ、久々に会えるのを楽しみにしていた当時の主将(高3の大阪大会で対戦した選手)からは「嘘や...」と驚かれるほど。「1年間のブランクで気持ちもくすぶっていました」と森本選手。
ところが、転機は2年目に訪れます。学生時代から注目されていた後輩たちが入ってきたことで、もともと負けず嫌いだった性格に火がつき、「絶対に負けたくない」という気持ちがメラメラと燃え上がります。さっそく肉体改造を始め、85kgから69kgへ減量。その後も、新たな後輩の入部に闘争心が沸き、フットボールに対して妥協しない姿勢を貫くようになります。そうしてチーム1鍛え上げられた体、チーム1、2を争う走力、相手タックラーを置き去りにし、“ニュルリと抜ける”独特のフェイント技術で、2000年からリーディングラッシャーの常連となります。

徹底した食事管理
さて、ここで森本選手の食生活を見てみましょう。チーム最年長となって2年。体は衰えるどころか、チームでもトップを争う肉体を誇っています。その体を作り上げる裏には、『ミスターストイック』とも呼べるほどの努力があることを紹介しましょう。
まず、トレーニングはもちろんのこと、食事にも細心の注意を払っています。昼食には必ずツナ缶(ノンオイル)と野菜ジュースを摂りいれています。これは不足しがちなタンパク質を補うためです。一番気を遣うのが夕食で、炭水化物(糖分)は、ほとんど摂りません。低カロリーで高タンパクな鳥のササミ、枝豆、豆腐、ツナ缶、卵の白身などをメニューに取り入れています。「夕食に炭水化物を摂ると、消化し切れなかった炭水化物が脂肪として体内に蓄積するので、あまり食べません」と話します。ほかにも、体に疲労を感じたら梅干(クエン酸で乳酸を除去するので疲労回復に効果がある)を摂り、試合直前には炭水化物を多めに摂ってカーボロディングをするなど、徹底的に食事管理を行っています。

こうした栄養管理の背景には怪我があります。実は2年目の減量は極端な減食で成しえたもの。そのため、なんでもないことで靭帯を伸ばすという怪我を経験します。「栄養も大事だな」と思い直した森本選手は、その後は“食“に対する知識も身につけ、正しい食事で鍛えるようになりました。
本当は餃子やカレーライス、串揚げなど脂っこい食べ物や、チョコレートなどのお菓子が大好きな森本選手。オフシーズンには制限なく食事をするため、10kgは体重が増えるといいます。けれどもシーズン中は一切、口にしません。それほどまで徹底するには強い意志が必要で、この人並みはずれた強い意思こそ、森本選手の最大の武器ではないでしょうか。
“チーム日本一”への想い

2000年はQBの怪我で“パスがダメならランで行こう”と、ランプレーを中心に勝ち進み、リーグ全勝優勝を果たしたフロンティアーズ。この年、森本選手は初めてリーディングラッシャーのタイトルを獲得します。しかし、チームはFINAL6で松下電工に敗退。その後、2002年のリーグ最終戦には宿敵・鹿島ディアーズに初めて勝利し、その勢いのままチームは『東京スーパーボウル』(現ジャパンXボウル)に進出しますが、惜しくも準優勝。日本一は、まだ叶っていません。森本選手自身は2000年以降、5年間連続してリーディングラッシャーを受賞しますが、「チームが勝って、それに貢献したという意味で個人タイトルを頂けるのが理想なんです」と、タイトルは嬉しいものの、やはり「チーム日本一の夢を叶えたい」と以前に話してくれたことがあります。
そして今年--。
フロンティアーズは毎年春になるとレギュラー争いが始まります。森本選手も「毎年リセット、一からのやり直しになる」という気持ちでシーズンに臨みますが、今年に懸ける想いはとても強いといいます。その理由として、第一に藤田ヘッドコーチの存在、藤田ヘッドコーチの“チームを強くしたい”という気持ちが挙げられます。
今年のフロンティアーズは“フロンティアーズ愛”をスローガンに掲げ、選手1人ひとりがチームのために、チームの勝利のためにできることは何でもやろうと貪欲に取り組んでいます。「藤田ヘッドコーチを勝たせてあげたい。今年のチームが最高のチームであることを証明したい」と話す森本選手もその一人。今年に入ってからは、試合前に親友であるWR#15ブレナン選手と徹夜でモチベーションビデオを制作し、チーム全員にビデオを披露する前に、“チームが一つになること“への熱い想いを話します。「ときに涙を見せることもあり、僕たちの心を打つスピーチをしてくれる(選手談)」と、チームに対してさまざまな面で貢献しています。
負けず嫌いな気持ちと同様、“チーム日本一”への想いは昔から人一倍強い森本選手。試合は中盤戦を迎えましたが、今年は森本選手の熱い想いもたくさん詰まった“フロンティアーズ愛”で、チームは必ずやプレーオフ進出、史上初のXリーグ優勝へと向かうことでしょう。
[後記]
10歳年下の#28RB進士選手は「森本さんは憧れの選手で、尊敬しています。いろいろ森本さんから学んでいます」と師匠としての位置づけですが、森本選手は「師弟関係なんて全然ありません。何も教えていません。あくまでライバルの1人です」と話します。いい意味で“どこまでもマイペース”な森本選手。アメフトに対する熱い想いのほかに、涙もろくて人情派な一面も垣間見ることができました。





