富士通

 

チーム概要

チームプロフィール

チームプロフィール

  • 創部

    1985年3月

  • 発足経緯

    1985年、選手の“自主性”をモットーに創部。

    関東実業団4部リーグからスタートし、わずか4年という短期間で女子バスケット界の最高峰リーグ「日本リーグ(2部)」に昇格。これを機に、1989年から強化運動部として本格的な活動を開始し、赤い波が強豪チームを脅かす存在となることを目指して「RedWave」と命名。

    その後は、日本リーグ2部で着実に力をつけ、94年に念願の日本リーグ1部(現Wリーグ)に昇格を果たした。以降、2部降格と1部昇格を繰り返す成績が続いたが、2002年からはWリーグに定着。

    2003-2004年は、長年続いていたシャンソンとJOMOの2強に割って入る躍進を見せベスト4入り。また、日本一を決める全日本総合選手権においては創部以来初の決勝進出(準優勝)を果たした。

    2004年からオリンピック日本代表の監督を歴任した名将、中川氏を監督に迎え日本一を目指したチーム作りに着手した。

    2005年度の全日本総合選手権(オールジャパン)では、シャンソン化粧品を破り初優勝。その後の2006・2007年度、共に全日本総合選手権(オールジャパン)優勝し、三連覇。

    2007年度Wリーグでは悲願の初優勝を果たし、二冠を達成した。

    2009年度、前年度まで、コーチを務めていた岡里明美が、ヘッドコーチに就任。日本人初の女性ヘッドコーチが誕生した。

    また、川崎市と連携し地域の子供達にバスケットボール教室「ふれあい教室」を開催するなど社会貢献活動にも力を入れおり、バスケットボールの普及と競技人口の拡大にも努めている。

  • 活動拠点

    富士通川崎工場体育館 川崎市中原区上小田中4-1-1

  • 歴史・成績(主な戦績と出来事)

    1985年 創部
    関東実業団4部リーグ優勝(3部昇格)
    1986年 関東実業団3部リーグ優勝(2部昇格)
    1987年 関東実業団2部リーグ優勝(1部昇格)
    1988年 関東実業団リーグで初めて外国人選手採用
    関東実業団1部リーグ準優勝
    日本リーグ2部に昇格(入替戦:三菱重工長崎)
    1989年 強化部運動部としてスタート
    第23回日本リーグ2部準優勝
    2部残留(入替戦:日立甲府)
    1993年 チーム名を“RedWave”と命名
    1994年 第28回日本リーグ2部準優勝 念願の1部昇格(入替戦:JAL)
    1995年 第29回日本リーグ1部12位 2部降格(入替戦:ユニチカ)
    1996年 第30回日本リーグ2部準優勝 2部残留(入替戦:日立戸塚)
    1997年 第31回日本リーグ2部準優勝 1部再昇格
    1998年 第32回日本リーグ1部9位 再び2部降格
    1999年 WJBL発足(日本リーグ1部はWリーグ、2部はWIリーグに名称変更)
    第1回WIリーグ4位
    2000年 第2回WIリーグ 第2位
    2001年 第3回WIリーグ 優勝
    2003年 第5回Wリーグ3位、全日本総合バスケットボール選手権 準優勝
    2005年 第7回Wリーグ3位、全日本総合バスケットボール選手権 優勝
    2006年 第8回Wリーグ2位、全日本総合バスケットボール選手権 優勝
    2007年 第9回Wリーグ優勝、全日本総合バスケットボール選手権 優勝
    2008年 第10回Wリーグ4位、全日本総合バスケットボール選手権 準優勝
  • 主力選手

    三谷 藍 [ポジション : CF(センターフォワード)]
    2001-2002年 第3回WIリーグ ルーキー・オブ・ザ・イヤー獲得
    2005年 アジア女子バスケットボール選手権日本代表
    05バスケットボール女子日本代表国際試合出場
    2007-2008年 第9回Wリーグベスト5