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アスリートの素顔
今年、富士通陸上競技部に7人の新人が加わった。醍醐直幸(走高飛)、江戸祥彦(走高跳)、河野孝志選手(長距離)、村上和春(長距離)、村上康則(中距離)、堀籠佳宏(短距離)、そして今回の主役、創部史上初の女性アスリート、藤巻理奈(短距離)。藤巻選手は富士通社員として午前は仕事、午後は練習という競技生活を送る社会人選手でもある。早速、藤巻選手の職場である富士通株式会社神奈川支社総務部を訪問した。
オフィスの姿
神奈川支社は横浜ランドマークタワーにある。受付を通って応接室に入ると、女性がお茶を出してくれた。藤巻選手だったのだが、本人だと理解するまでに数秒掛かった。あまりに印象が違う。フィールドではいつもピリピリした緊張感の中にいるというイメージがあったのだが、ニコニコと微笑をたやさない姿を目の当たりにして、先入観は捨てることにした。
取材に同席したのは、職場の“藤巻さん”を良く知る総務部の上司、弓田健一部長だ。「たくさんの人が藤巻さんを見に来ます。神奈川支社には本格的なアスリートが配属されたことがないので、どういう人なのだろうという物珍しさで見にくるのもありますが、せっかく素晴らしいアスリートが身近にいるのだから支社をあげてみんなで応援していこうという気持ちも大きいです。特に支社長は一番の応援者で、藤巻さんを社内外にどんどん広めている宣伝マンとなっています」と社内の様子を語る。
藤巻選手の仕事ぶりを弓田部長に聞いてみた。4月の入社式を終え、新入社員の全体研修を受講した後、同月総務部に配属された。現在200名以上が在籍する支社で、チームの一員となって総務全般の仕事に携わる。「こっちが大丈夫かなと心配するくらい、朝からフルスピードで働いています」と評す。今度は藤巻選手本人に、仕事には慣れたかどうかを尋ねてみた。すると「まだまだです」と間髪いれずに答えが返ってきた。取材当日は7月下旬。新入社員としては当然といえば当然の回答だろう。では、午前は仕事、午後は母校の大学で練習というスケジュールについてはどうかと尋ねると、「最初は切り替えが難しかったのですが、今はもう慣れました」と話す。弓田部長は「仕事を終えて向かった練習が“練習のための練習”にならないかと心配で心配で」と親心を見せるが、「最初はそうだったんですけれども、もう大丈夫です」と藤巻選手は言う。
実は弓田部長も高校時代は砲丸投げ、やり投げなど、投てき競技に青春を掛けた元陸上部員。だから理解も深い。

陸上の経験
横浜生まれ横浜育ちの藤巻選手は、『素顔のアスリート』に登場した佐藤選手(Vol.1)、醍醐選手(Vol.2)と同様、小さい頃は父親が少年サッカーの指導者だったので一緒にサッカーをやったり、バスケットボールに親しんだ。「走ったのは犬の散歩くらい」と笑うが、小学校の運動会では既にランナーとしての頭角を現していた。同一学区に2つの中学校があったが、自らの意志で陸上部のある中学校に入学した。そこで藤巻選手は、指導者の言う「1年生、2年生で環境に慣れ、走ることの基本をしっかり身につけ結果を出すのは3年生でいい」という教えをきちんと守り、中学3年生のときには全国大会で1位となる。ちなみに中学時代の自己ベストは12秒1(100m)と24秒74(200m)だ。この時期に指導者の導きにより、楽しみながら才能を開花させていったと本人は振り返る。
中学卒業後は、本格的に陸上競技をやってみたいと地元の高校に進学した。進学した高校はインターハイ優勝選手を輩出するなど、実績のある高校だった。ここでもまた「満足して記録を狙うのは3年生」という部の方針のもと、藤巻選手は着実に力をつけ、まさに高校3年生に出場したインターハイで200m優勝、100m2位という成績を収める。このときの200m優勝タイム『23秒87』は今でも自己ベストになっている。さらに100mに関しては「2位がとても悔しかったので、国体で1位を取りました」と確実に結果を出した。
大学は推薦で日本体育大学へ進学。午前9時~午後4時まで講義を受け、その後に練習という生活が始まるが、大学2年のときに怪我をする。「その時の一休みがあって、今まで競技を続けられている。今となっては良い時間でした」と本人は振り返る。中学、高校と順風満帆に成長したなかでの初めての挫折も自分の栄養にしてしまう強さがある。そして昨年、大学生として最後の大会である関東インカレに臨んだ。今までに感じたことのない当時の気持ちを、次のように語ってくれた。「今まで接してきた多くの人に支えられていることを強く感じました。怪我をしたときや調子が出ないときに温かく見守ってくれた両親や、周りの人の気持ちに応えようと思ってレースに臨みました。」
勝利の女神はいつも最後に藤巻選手に微笑みかけるのか、最後の関東インカレで見事優勝した。本人は意識していなかったが、ちょうどその日は母親の誕生日。母から「ありがとう」と言われたそうだ。

自分が今は遅い
今年の6月30日~7月2日に開催された日本選手権大会で、藤巻選手は100m、200mともに4位で終えた。特に200mは3位との差が0.01、あと一歩で表彰台だった。さぞかし悔しかっただろうと思いきや、本人は「りきみました」とあっさりしている。1位とのタイム差についても、「誰かが速いというのではなく、自分が今は遅いんです」と潔く言い切る。藤巻選手は誰かに勝ちたいという気持ちではなくて、あくまでも自分の走りを表現しようとしてレースに臨む。だから自分の走りができていないときは遅くて当然だと考える。自然に『今は』という言葉が出てきたのだろうが、そのたった一言に藤巻選手のアスリートとしての誇り、負けん気の強さが秘められているように感じた。
今後の目標
富士通陸上競技部からは田野中選手(110mH)、大前選手(短距離)、醍醐選手(走高跳)の3名が既にアジア大会に選出されている。藤巻選手にとって今年の目標はアジア大会出場だ。それには9月10日に北海道で開催される南部記念陸上大会が最終選考会となる。コーナリングを得意とする藤巻選手にとっては200mで出たいところだが、出場種目は100mしかない。万全な状態で試合に臨めば結果は必ずついてくる。是非、南部での力走に期待したいところだ。
そして--
藤巻選手は今年23歳になったばかり。社会人選手となって月日は浅いが、ただ走っていれば結果がついてくる若い頃とは違って、レース前のコンディショニングからレース展開までを含めて考えながら走れるようになってきた。来年の大阪世界陸上、再来年の北京オリンピックは確実に出場して、さらなる経験を積み重ね、「これからも自分らしい走りを追求していきたいです」と藤巻選手は力強く語った。
[後記]
「レースのときの赤い靴が可愛いですね」と取材陣が言うと、「やっぱり地元を意識して?」と上司の弓田部長。すかさず「そんなことないですよー。“赤い靴を履いていた女の子“って言おうとして~」と笑う藤巻選手。とても息のあったコンビぶりに取材陣は大爆笑。時間の合うときは一緒にランチに出かけることもあるそうです。「いつか応援旗を作って、支社のみんなで藤巻選手のレースを見るのが夢」と弓田部長。とても頼もしい職場でした。


