[sports.fujitsu.com〜富士通のスポーツ活動〜]
陸上競技部 Official Web Site

アスリートの素顔
第5回目の素顔のアスリートは、2000年以来のニューイヤー駅伝優勝を狙う長距離チームより、入社4年目で次代のエース候補として期待されている鈴木良則選手を特集します。
陸上との出会い
「小さい頃、走るのは好きじゃなかった」と小学校時代を振り返る鈴木選手ですが、3才年上の姉が陸上をやっていたため、応援に行ったりして、なんとなく陸上に興味を持ち始めたといいます。小学校6年生の時には、市の大会に出場し1500m走で4位に入賞しました。この時メダルを逃した事が悔しく、この思いから中学で本格的に陸上を始めることになりました。まだまだ中学ではとても全国レベルと呼べる選手ではなく、東京都大会で入賞するのがやっとの選手でしたが、タイムや成績以外にも、大会などで他校の選手と交流し、仲良くなるという部分に陸上の楽しみを知り、もっと強くなっていろいろな大会に出たいと思うようになりました。高校に入ると専門の長距離以外にも、マイルリレー(4×400m)の選手としても活躍し、現在の“スピードランナー”と呼ばれる基礎となりました。

ターニングポイント
鈴木選手は亜細亜大学に進学を決めたとき、箱根駅伝で走りたいという思いは全然なかったといいます。「自分は箱根で走れるレベルになれると思っていなかったし、専門の1500mでもっと記録を延ばせたらいいなとしか思っていませんでした」。そんな気持ちの中、競技を続けていた大学2年生の時に、今後の陸上人生を変える出来事が起こりました。同じ学年の選手の中でマネージャーを1人選出しなければいけない事情の中、その候補として名前が挙がったのです。結局は他の同級生がマネージャーをやることになりましたが、その同級生が言った「自分がマネージャーをやるから、がんばってほしい」との言葉に、強く心を動かされ、その時始めて真剣に競技に取り組もうと思いました。この一件で、両親に事情を説明し相談をした際、自分に対する期待も知ることができたといいます。このあと鈴木選手は急速に力を着け、大学3年には10000mの自己記録を2分も短縮しチームを代表するランナーに成長します。
そしてこの年、入学以来始めて予選会を突破し、チームは箱根へ出場しますが、鈴木選手は直前の故障で思うような練習ができず、結果は区間最下位でした。3位でもらった襷を7人に抜かれて10位になるなど、散々な結果に終わってしまい、チームもシード権争いギリギリの9位で往路を終えました。「その日は悔しいのと、申し訳ない気持ちで寝れませんでした」と話しますが、亜細亜大学は復路で順位を伸ばしシード権内の7位でゴールしました。「その時は号泣しました。チームのありがたさを感じ、来年はチームを助ける走りをしたいと思いました」。翌年、その思いを胸にチームを牽引し、箱根ではチームのエースの一人として1区3位としっかり役割を果たしました。
富士通陸上部に入部
「富士通に入れたのは、たまたまでラッキーでした」。大学で陸上を辞めようと考えていた鈴木選手ですが、富士通からオファーがあり入社することとなります。大学4年生の時に、福嶋監督が亜細亜大学の練習を見学し、そのときに目に止まったのがキッカケでした(実際は他の選手を見に来ていたそうです。)「富士通には、高橋建一さん、藤田さん、三代さんなど、日本を代表する選手がいて憧れでした。すごく光栄に思い、すぐ入社を決めました」。実際に入社し、練習を一緒にするようになってからは驚きの連続で、中でも一番衝撃的だったのは、高橋建一選手のスピードでした。「体験したことのないスピードで、最初はついていけませんでした」。
けれども、鈴木選手はこうした状況の中でも必死に練習に食らいついていきました。「入社してからも少しずつですが、記録が伸びているので、走るのが楽しいです」と語るように、着実に力を伸ばしてきています。「将来的にはどんな大会でもいいので、日の丸を背負って走りたい」と話す鈴木選手。今後の更なる活躍が期待できます。


ニューイヤー駅伝
2006年の東日本実業団駅伝で2年連続となる『区間賞』を獲得した鈴木選手ですが、熾烈なラストスパート勝負に競り勝てた一番の理由は、家族の存在だと言います。1区10kmのラスト500mで、何気なく沿道に目を向けると、前を走る選手の奥さんとお子さんの応援が見え、その瞬間、自分の妻と子どもの姿が頭に浮かびました。「普段だったら負けていたかも知れませんが、家族が待っているゴールに一番で帰りたいと思い、そこからがんばって抜かすことができました」。家族という存在ができたことによって、いままで以上に結果にも貪欲になりました。「どんな大会でもいいので一番になることが目標です」。そんな鈴木選手の一番欲しい結果は、もちろんニューイヤー駅伝“優勝”です。「富士通というチームで走っている以上、必ず優勝したいです」。
学生時代を含めても駅伝で優勝したことのない鈴木選手、自身初の駅伝優勝に向け、まずは元旦のニューイヤー駅伝での鈴木選手の走りに注目です。



