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特集:藤田敦史「いざ福岡へ」

特集:藤田敦史「いざ福岡へ」

スペシャルインタビュー目次

福岡国際マラソン選手権大会に強い思いを抱く藤田敦史。来夏の世界陸上選手権(大阪)の選考会をかねる同大会で、日本人トップで、2時間9分30秒を切ることを目指す。2000年に優勝し、当時の日本記録を作った地で、藤田は再び輝きを取り戻すべく、トレーニングのラストスパートをかける。

この「特別企画:福岡国際マラソンで世界を掴む~藤田敦史の素顔に迫る~」では、11月6日に30歳となったばかりの藤田が、陸上を始めた中学時代から、福岡国際マラソンに賭ける思いにいたるまでを全4回シリーズでお伝えします。第3回目は、富士通入社のきっかけ、初マラソン、実業団での練習などについてです。

インタビューア:長富 怜子

藤田選手インタビュー風景

「選手の人間性に惹かれた」

箱根での活躍もあり、多くの実業団からオファーが殺到したと思いますが、富士通へ入社を決めた理由は何でしょうか?

実際、富士通に決めたのは、4年目の4月でした。

大学2年の春に、トラックの1万mで、記録を狙いたいなと思っていました。「どこかいい記録が出る競技会がないか」と探していた時に、東京陸上競技選手権大会(以下、東京選手権)を見つけました。その予選大会に、「福嶋さん(富士通の現監督)が、日本選手権の標準記録を作るために、予選会である程度、速いペースで走る」という情報を大八木さんが聞きつけて来て、「それについていけ」と言われました。そこで初めて福嶋さんに出会いました。

東京選手権のレースでは、福嶋さんと私が引っ張り合って、私自身は、その当時の自己ベストを大幅に更新することができました。「福嶋さんのおかげで、初めて28分台で走れたんだな」と感じていました。その時が、富士通を初めて意識した時で、「富士通にもこんな強い選手がいるんだ」と思っていました。

その当時、福嶋さんは現役の選手だったのですが、翌年くらいに「夏の合宿も富士通に来たらどうだ?」と誘っていただきました。大八木さんからも「行ってこい」ということで、富士通の合宿に参加させていただいたのですが、「雰囲気がいいな」とか、「選手の人間性が素敵だな」と思っていて、「こういうところに入ったら、私も実業団でやっていけるかな」とその時から感じていました。

4年生になって、今後の進路を決めるにあたり、大八木さんがたくさんのオファーから候補を選定してくださいました。当然、最終的に決めるのは私自身ですが、候補の中に、富士通も入っていました。私自身「富士通に行きたいな」というのがあったので、すぐに入社先を決め、4月には「お世話になります」と挨拶に行きました。

大学と実業団、練習は違いましたか?

やはり、違いましたね。質もそうですが、やはり量もやるなというのがありましたし、意識が違いました。大学で大八木さんに会って、ある程度、意識が高くなった、と言いましたが、それよりも実業団の選手は「自分の体のことを考えて、ケアをしたり、練習に対するモチベーションがすごいな」と肌で感じました。その時「こういう所に入って、自分ももまれたいな。刺激を受けたいな」というのはありましたから、決める時に、あまり迷いはなかったですね。

貧血に悩まされているとのことでしたが、社会人になって何か対策を立てられていらっしゃいましたか。

大学の時は、箱根駅伝をメーンに考えていました。箱根駅伝は基本的に20kmくらいの距離ですが、社会人になってマラソンを始めると、42kmですよね。単純に距離が倍になるので、練習である程度、距離を踏んでおかないと、マラソンで走れないな、ということがありました。練習を増やすしかないと思って、走ってみたものの、増やした途端に、貧血が出てきてしまい、「これで本当にマラソンができるのか?」と思いました。

その時から、「どうすれば貧血が治るのか」、「どうしたら貧血が出てしまうのか」、「貧血にならない体質を作るためには、どうすればよいのか」、「どういう食事をしたらいいのか」といったことを徹底的に勉強しました。しかし、貧血に対する知識を頭に入れたものの、やはり貧血というものが出てきてしまうので、出てきた時は休むしかありません。

練習しては貧血、もしくは故障してしまい、休む…という繰り返しが、しばらく続いていました。しかし、ある時から、体質が変わったのかもしれませんが、貧血が全く出なくなったんです。おそらく、貧血に対する知識を頭に入れたことで、普段から予防するようになったと思います。食事面でも気をつけるようになりましたし、そういうのもあって、長い年月はかかりましたが、体質改善ができたのかな、というのは、やはり思いましたね。

2005年びわ湖マラソン直前の藤田選手

「練習と同じ感覚が大切」

そして、大学最後に、マラソンの学生記録を打ち立てられますよね。

箱根駅伝で区間記録を作った後にすぐ、マラソン練習に入りました。今までマラソン練習をしたことがなかったので、練習から40kmを走るなど、練習自体が未知の領域でした。やり始めるまでは、「本当にできるのかな」と思ったのですが、走ってみると意外に楽しかったんです。確かにきついのですが、今までやったことがないような練習ばかりなので、ものすごく新鮮でした。楽しみながらやっていて、練習量もかなり上げていました。

最後の1ヶ月は、調整期間に入りますが、体をリフレッシュな状態にするために、練習量を少しずつ落としていきます。落としていったら、初マラソンの緊張と、今まで楽しんでいた練習がきつかったのか、一気に疲労が出てきてしまいました。練習量と比例するように、調子のピークがどんどん下がりはじめ、スタートラインを迎えたときは、ピークとはほど遠い状態でした。

さらに、天候も走る前から冷たい雨が降っていて、7℃とか、6℃しかない状態でスタートしたので、「この条件で、この体調だったら、学生記録は五分五分かな」と思っていました。しかし、実際走ってみたら、ギリギリではありましたが、学生記録を更新できて、本当にうれしかったです。今までやってきたことが間違いではなかったと分かったので。

大学と実業団で変わったという話がありましたが、基本的な練習は変わっていないのでしょうか。

今も、その当時も、練習内容はほとんど変わっていません。質は今の方が上がっていますが、基本となる練習は、その時のものをベースにしています。

私の場合、マラソンの試合に向けて、4ヶ月の期間を取ります。1ヶ月目は、いきなり40kmを走るわけではなくて、マラソン練習に入るための準備期間として使います。その後に来る3ヶ月のマラソン練習に耐えられるだけの体を作ります。ある程度、起伏のある所を走ったり、スピードを上げずに長い距離をゆっくり走ったりして、土台作りをしていきます。2ヶ月目から、本格的なマラソン練習に入ります。1ヶ月のうちで、4、5本40kmを走って、ある程度、40kmという距離に対する慣れを作ります。1ヶ月目、2ヶ月目は、体を作ることを目的としたトレーニングをします。

3ヶ月目は、スピードで体の切れを戻します。ゆっくりと長い距離をやっていると、どうしても体がゆっくりな動作に慣れてしまうため、それを打開するために、短い距離で、速いスピードで走るトレーニングを多く入れます。1万mで、スピードに対する対応能力、スピードがマラソンで上がってきた時に、ピタッとついて、揺さぶりに耐えるようなトレーニング、を3ヶ月目でしていきます。最後の1ヶ月は、今まで長い距離を走り、スピードに対して慣れを戻していますから、距離、練習量を落としながら、レースをイメージした練習を行ないます。

レースと同じペースで40kmを走ったり、30kmを走ったりして、レースのペースを体に覚えさせるトレーニングをしていきます。最後の1ヶ月で、レースのペースを体に染み込ませた状態で、スタートラインに立ち、走った時も「あ、練習と同じだな」という感覚が大切なわけです。その状態であれば、緊張もしないですし、気負いもしないので、「今日も練習と同じ感覚でいけば、当然、記録が出るな」と思えます。

「練習で苦しんで、試合で楽しよう」

他のチームメイトとの交流はありますか? その交流の中で、感じることは?

普段は大学で練習していますが、合宿はチームのメンバーと一緒に行っていますので、積極的に話をしたり、意見交換をしています。ただ、今年のニューイヤー駅伝では3位に入りましたが、マラソンを本格的にやる選手がまだ出てきていません。例えば、三代のように手術をして、マラソンができないなど、いろんな事情があると思いますが、「私はマラソンがやりたい」という若手の選手が出てきてほしいですね。

普段、私は一緒にいないわけですから、合宿に行った時に、「マラソンやるにはどうしたらいいですか」とか、「強くなるにはどうしたらいいですか」といったことをもっと積極的に聞きに来てほしいです。もちろん、自分のやっている競技に対しての質問はありますが、マラソンを見据えてやっている選手がいないと感じています。初めから「マラソンは無理だよ」と思い込んでいる選手が多いのではないでしょうか。

私の場合、大学卒業時にはマラソンを始め、社会人に入ってからも続けていますが、みんなに「いますぐマラソンをやってほしい」というつもりはありません。高岡さんのように、「若いうちはトラックをやって、ある程度、歳を重ねてからマラソンを」という考え方もあると思っています。ただ、高岡さんであっても、「将来、必ずマラソンをやるために、今トラックをやる」というやり方をしていたはずです。これはうちの若手に限ったことではなく、学生選手が全体的にそういう傾向にあります。

男子マラソン界ではベテランがすごく頑張っているのですが、真ん中がぽっかり空洞が空いてしまって、その下の学生がトラック場で頑張っている、という図式になっています。この空洞の選手たちに、もう少しマラソンに対する意識を持ってほしい、というのがあります。

一人で走るのと、大勢で練習するのでは、どちらが自分に合っていると思いますか?

やはり一人の方がいいです。私の性格がものすごく負けず嫌いなので、人が前にいると許せなくて、どんどん追いかけたくなってしまうんです。追いかけるのはいいんですが、どんどんペースが速くなってしまい、練習が終わった後に、「今日は少しやりすぎてしまった」と思ったり、次の日に「足が痛い」ということが起きてしまいます。

一人でやれば、前に人もいず、自分のペースで行けるので、オーバーワークにならずに落ち着いた練習ができます。ただ、一人でつらい時も当然あります。調子が悪い時は、誰かと一緒に走って、引っ張ってもらいたいというのがあります。

後は自分の中にある信念として、「練習で苦しんで、試合で楽しよう」というのがあります。練習を一人でやっていますが、試合になると相手がいます。練習ではきつくても誰も助けてくれません。試合なら、きつい時は、相手の後ろについて走れば楽なんです。極端な話、練習より、試合の方が楽なんです。だから、練習は一人で苦しんで、試合になると相手がいるから、「楽だな」と思えるようにしたいので、一人でやるようにしています。

現在は大学で練習をしていますので、学生の後ろについて走ったり、全く別の人と走ることもあり、常に一人ではありませんが、マラソンの1ヶ月前は、完全に一人でトレーニングを行ないます。そして、試合で楽しようと思っています。

「楽」という感覚をもう少し詳しくお話いただけますでしょうか。

本当にきつい時は、呼吸も足も辛くて、止めたいと思いますよね。楽な時も、体は決して楽ではないんです。しかしきついながらも追い込めるのが、楽と表現します。そういう時に、よく記録が出たりします。日本記録を作った時もそうですし、今年のニューイヤー駅伝の時もそうでした。きついけど、どんどん行ける。それが私の考える試合の楽です。

普通の人は体験できない楽というか、気分が高揚していく感じですね。練習で相当苦しんでないとできないことなので、試合で楽な感覚を味わうのは難しいですね。私自身、練習で苦しんでも、試合で楽だなと感じたのは、16年間の競技人生で3、4回あるかないかぐらいですから、すごく低い確率ですよ。本当に長い期間やらなければ分からない感覚だと思います。

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