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スペシャルインタビュー目次
2月4日に開催された『第56回別府大分毎日マラソン大会』(別大マラソン)にて、藤田敦史選手が2時間10分23秒で優勝しました(大会速報はnewsをご覧下さい。)。
2月14日、富士通汐留本社を訪れた藤田選手にsport.fujitsu.com編集部がインタビューを行いました。昨年12月の福岡国際マラソンからの調整、大会本番の様子・レース展開、
今後の予定などを、たっぷりとご紹介します。
[インタビューア sports.fujitsu.com編集部]
優勝の感覚を忘れかけていた

優勝おめでとうございます。私たちも待ち望んでいた優勝ですが、藤田選手ご自身の感想をお聞かせ下さい。
率直な感想をいうと、5年ぶりの優勝だったので、優勝の感覚を忘れかけていたんです。久しぶりの優勝ということで、優勝した瞬間は「ああ、やっぱり優勝っていいもんだな」と思いました。
2002年東亜国際マラソンから5年ぶりの優勝で、国内では2000年福岡国際マラソンから7年ぶりの優勝となります。今回の優勝の感覚は、どちらのほうに近かったですか?
福岡で優勝したときの感覚に近かったです。国内ということで応援も凄かったですし、国内のレースで勝てたという嬉しさが、かなりありました。
とても嬉しそうでしたよね。競技場に入る前からガッツポーズがあって。
競技場に入る手前のところで地元(福島県白河市)の方がいたのが見えたんですよ。横断幕の大きいのがかかっていて、それが見えたので、思わずそこでガッツポーズが出ました。
テレビを見ていても、沿道からの「藤田、ガンバレ!」という声が聞こえていました。
すごいなと実感しました。福岡は何度も走っているんですけれども、別府大分は初めて走る大会だったにもかかわらず、本当にたくさんの応援をしていただいて、感謝しています。

「追い込まない」というスタイルの意味

昨年12月の福岡国際マラソンから、わずか2ヵ月という調整期間で出場した背景には、福岡で優勝した“皇帝”ゲブレシラシエ選手(エチオピア)との交流がありました。でも、今回の練習メニューについては直接伝授されたものではなくて、自分でアレンジをされていたんですよね?
はい、当然そうですね。彼の練習をそのまま真似しても、力も違いますし、彼が今まで積み上げてきたものと、私が積み上げてきたものとは全く別物だったと思いますので、真似をしても結果は出ないというのが自分の中にはありました。ある程度は参考にして、スタイルというものを真似てみることにしました。
スタイルというのは、レース前には追い込まないという?
はい。練習内容に関しては完全に自分で考えてやってみました。今回はうまくいったので、ある程度、そのスタイルが今の自分には合っているのかなという気がしています。
「追い込まない」という練習方法で、40km走というのを今回は1本もしていませんが、いつもはどれくらいされているのですか?
いつもは1つのレースに向けて、40km走を5本から6本、3ヶ月くらいの期間でやります。今回に関してやらなかった1つの要因は、福岡までの調整期間である程度やってきたものがあったからです。あくまでも下地があったので、今回はやらなくてもできたということです。仮に次に同じ短いスパンでやるとしても、下地が無い場合は、必ず40km走は練習メニューに入れないといけないと思っています。
また、「追い込まない」と一概にいっても、追い込むときは追い込んで、追い込まないときには追い込まないんです。今までのスタイルですと、試合に向けてどんどんどんどん追い込むレベルを上げていったわけですが、今回に関しては、試合が近づけば近づくほど、追い込むレベルを下げていった。そういう意味で「追い込まない」というスタイルなんです。

そうすると、仮に次の福岡に向けて練習をするとしたら、開始時期は?
過去2回の福岡では、練習を始めたのは8月です。次に始めるとしても、8月あたりからでいいと思います。ただ、「俺はマラソンをやるんだ!」という今までのようなマラソン練習としてではなく、いつもどおりの練習という捉え方で、自分の中で始まればいいなと思っています。
以前は8月スタート!という感じだったのですか?
はい。スイッチが切り替わって、完全に入り込んでいました。そうするとですね、人間の集中力というのは限度があるので、一度やっぱり切れてしまうんですよ。その切れてしまう時期というのが、わりと試合の直前というパターンが多かったんです。
「集中は切れてきたけれど試合が近いから頑張らなければならない」「気持ちは切れているのにやらなくてはいけない」というストレスみたいなものが自分の中にあって、やっぱり、そのあたりで気持ちの面から疲労を感じてしまっているんです。ならば逆に10月くらいまでのんびり練習をして、10月くらいから気合をいれて練習をしたほうが、意外と12月の大会に持つのではないかなという気がしています。
確かに、8月くらいからスイッチが入ると、近寄りがたいものはありますよね。
今までは試合の直前になると集中するためにバリアを張っていましたが、特別そういうのもいらない気がしています。バリアを張ることで逆に自分を追い詰めてしまうということもあるのかもしれないので、今後はリラックスしながらでもいいかなと。

若いときの練習スタイルと今の自分
今回の調整は初めての取り組みもあって、正直、調子がいいのか悪いのかというのは、ご自身も周りも判断が難しかったのではないかと想像します。
判断はできないですし、それが一番難しいところです。今までは調子の良し悪しを判断するために、レースペースに近いスピードで何本も何本も練習をして試合に臨んでいました。「練習でこれだけできた」「レースのペースに慣れた」という自信がついて、試合でも「いつもどおりだ」と結果が出せていたんですが、それは若いときの話で、今の年齢になって同じことをすると、自信はつくんですけれども、今度は回復がしなくなってしまうんですよ、身体が。
結局はレースと同じペースでやっているので、本当の試合の前に何本も何本もレースをやっているような感じになってしまいます。回復がしないまま試合を迎えて、いざ試合になったときには動かない。この年齢になって改めて考えたことですが、若いときは自信をつけるための速いペースでの練習は必要でした。手探りだったのもあります。けれども今の年齢になってくると、今までの経験というものが積み重なってきて、自信というものも、ある程度生まれてきています。
自分自身を練習で追い込むスタイルではなく、自分の体調を上げることを最優先にした練習をすればいいと、あまり若いときの練習スタイルにこだわらなくなりました。
「回復がしないまま」というのは、昨年12月の福岡ではまさに。
まさにそうでした。直前の練習のほうがよっぽどタイムが速くて楽にできていたのが、いざ試合になると、練習のペースより遅いんですけれども、もう目一杯という状態で。
さきほど仰っていた「集中力が切れてしまった」というのと、身体の回復がうまくいかなかったというのは重なっていたんでしょうか。
そうですね、たぶんあったと思います。福岡では気持ちも身体も疲れていた状態でスタートラインに立ってしまっていたので、それではやはり結果は出ませんでした。
福岡と違って、気負いがなかった

大分に入った夜(金曜日)に、今大会で優勝している夢をご覧になったそうですね。となると、やっぱり身体のほうが正直で、調子の良さを先に教えてくれたのではないですか?
自分自身でも調子はいいのは感じていたのですが、自分の中で戒めというか、「まあちょっと冷静にいこうか」と自制していたんです。でも夢は正直で、調子がいいことを分かっていたと思うので、そういう夢を見たのかなと思います。
全体的に天気はどうだったんですか?
金曜日は雪が降っていて寒くて、土曜日と日曜日が、わりと暖かかったです。
藤田選手自身は晴れ男ですか?
いや、たぶん雨男です・・・確実に雨男です。(※「福岡が象徴しています」と、横から青柳マネージャーが一言。)
では、金曜日の雪を見て「ああ・・」とため息をつかれました?
やっぱりか、という感じでした。「いやだな」という感じよりも、「ああ、まただ」と。私が走るレースはあまり天候が良くないので、悪くて当たり前、良ければラッキーと思っています。
レース当日の日曜日は、午前中は曇っていて、だんだん晴れてきて、気温も14度に上がったんですよね。スタートラインに立ったとき、福岡のときの気持ちと今回の気持ちは、疲れ以外に何か違いはありましたか?
一番違うのは気負いがあったかなかったかですね。福岡のときは気負いが凄くて「俺が勝つんだ」という気持ちしかなかったですが、別大のときは調子も良かったというのもありましたが、気負いが全くなくて、「俺が勝つんだ」というよりは「いけるところまでいってみよう」と、なんでもかんでも勝つという気負いがなかった。それが一番の違いです。
福岡のほうはゲブレシラシエ選手がいて、前回覇者のバラノフスキー選手がいて、そういうライバルの存在も影響していたのではないですか?
そうですね、あのメンバーで走るという感覚が、「やらなきゃいけない」という気持ちを、より強くさせたのではないかと思います。でも今回は、佐藤君(中国電力・佐藤敦之選手)はいましたが、自分自身に福岡ほどの気負いがなかったので、それが逆に良かったのではないかと思います。
初めて集団の後方につけてみた
別大マラソンではレースはゆっくり進みました。気持ちも身体も順調だったと思いますが、どんなことを考えていましたか? もう少し速いペースを望んでいましたか?
別大は折り返しで帰ってくるんですが、往路のときに追い風だったんです。その時点で帰りは向かい風だなというのは分かっていたので、これはしょうがないなと思いました。その時点で記録は捨てて勝負だと切り替えていたので、ペースメーカーが遅くてもイライラすることはなかったです。

藤田選手は集団の後ろのほうに位置取りをされていましたね。
今回は後ろにいたこともあって、本当に冷静にレース運びができました。今までの私の走る位置というのはペースメーカーのすぐ後ろだったんです。2番目の位置で、常にそのスタイルだったので、今回、それもちょっと変えてみようと集団の後ろにつけてみたんです。そうするとレースの動きが見えるんですよね。マークしている選手たちの動きが逐一見ることができました。
また、ペースが上がったりしても、2番目の位置にいるとペースメーカーが上げたと同時に対応しなくてはならないんですが、後方にいることで、皆がペースメーカーを追いかけ始めてから自分が追いかけ始めるまでにタイムラグができるんです。そうすると2番目にいると急に上がるペースが、後方にいると緩やかな、自分の疲労を感じないようなペースアップで済みます。
集団の後方につけることで、レースは見られるし、ペースアップは緩やかで済む。「これはいいな」と新しい発見がありました。ただ1つ気をつけないといけないのは、急激なペースアップのときに、後ろにいると遅れてしまうので、前の選手がペースアップするかしないかを逐一確認する必要があります。それだけをしておけば集団の後方にいても大丈夫だなというのが分かったので、ものすごく収穫でした。
給水ボトルのマリーちゃん
今回は暑かったので、給水もポイントになったのではないですか?
結構失敗したんですよ。スペシャルドリンク(自分が用意したもの)と、ゼネラルドリンク(大会が用意したもの)があって、2つ置いてあるんですけれども、スペシャルを今回は3回くらい失敗しました。後方にいるので、前に選手がいて見えなくて取ろうと思って取りそこねたり、前の選手が取ったときに倒れて落ちてしまって取れなかったり。
スペシャル、ゼネラルって置いてある場所が違うんですか?
微妙にずれているんですよ。最初にスペシャルが置いてあって、その何十メートル先にゼネラルが置いてあります。
藤田選手のスペシャルのボトルには妹さんから送られたシールが貼ってあったそうですね。
妹が「今回、これつけなよ」ということで、マリーちゃんという、ディズニーキャラクターの白い猫がいるんですが、そのステッカーを送ってくれて、給水ボトルにストローを立てて旗みたいにつけていました。テレビじゃ分からなかったと思いますけど。
ドリンクって何本用意されるんですか?
5kmごとなので8本です。
ということは・・・。
8本全部にマリーちゃんがついていました(笑)。それを青柳さんが集めて、事務局に提出するんです。(※「最初は提出するのが恥ずかしかった・・・」と青柳マネージャー。)
スペシャルには何が入っているんですか?
私の場合は市販されているものです。人によってはいろいろ自分で作っている人もいます。

最初のスパートは身体が勝手に動いた
復路で集団がだんだん3人に絞られてきて、ケンボイ選手(ケニア)を先頭に、佐藤選手と藤田選手がついていたんですが、そのときも余裕はありましたか? スパートのタイミングや、どちらが先にスパートするのかなというのを窺っていましたか?
ペースがあまりにも遅かったので、誰もが、ケンボイ選手も含めて余裕を持っているなというのは感じていました。私自身も凄く余裕がありました。ただケンボイ選手が集団で仕掛けて、集団がだんだん絞られてきて、最終的には3人になったんですが、3人になってからも細かく仕掛けてきたんです。その仕掛けに私と佐藤君が逐一対応していたので、たぶん私も思っていましたし、佐藤君もそう思っていたと思いますが、この選手は結構疲れているなと感じていたので、私の中ではケンボイ選手ではなくて佐藤君との一騎打ちで、私がいくか佐藤君がいくかのどっちかだなと思っていました。
いくとしたら佐藤君が一気にスパートをかけていくだろうから、それだけが気がかりで、佐藤君を逐一観察していて、いついくのかなと考えていたのですが、一向にいく気配がなかったので、「もしかして最後のトラック勝負にもっていって勝とうとしているのかな」とか色々考えてはいました。けれども自分自身は、どこで仕掛けようかという考えはあまりなくて、そのまま、わりとズルズルとペースは進んでしまったんです。

37.8kmあたりで最初のスパートでしたよね。
スパートをする前に、一度佐藤君の表情を見たんです。表情はそんなにきつそうではなかったのですが、足取りがいつもとちょっと違ったというか、動きがかたくなっていたように思いました。
ただ、先ほども言いましたが、自分自身はそれでスパートしようとは思わなかったんです。今、ちょっと下手に仕掛けたらついてこられちゃうな、と判断していて。それが、その直後に急に何かを身体に感じたんです。なんとなく「今、いけ」みたいな感じで。そしたら勝手に身体が反応して、パッと前に出たら、ケンボイ選手がスッと遅れて、佐藤君がついてはきたんです。
勝手に身体が反応するとは、すごいですね。
自分自身でも分からないんです。何がそうさせたのかは。レース後のコメントで思わず「野生の勘」と表現しちゃったんですけれども、まさにそんな感じだったんです。自分で考えたわけではなくて、急に身体が動いたという感じです。
その感覚は、最初の福岡(2000年)で優勝したときと同じですか?
あのときは、きっかけがありました。アベラ選手と競り合っていて、アベラ選手が急に、あれだけ広い道路で2人で走っているわけですから、ぶつかるなんてことはほとんどないのに、急に幅寄せというか、自分のほうに寄ってきて、肘打ちのような感じで身体に触れてきたんです。私も殺気立っていましたから「なんだよ」と見たら、急にアベラ選手がちょっと遅れたんですよ。これはもうチャンスだなと思ってスパートしました。
あのときは自分で考えて動きましたが、今回は全く別で、身体が勝手に動いた。自分でもよく分からなかったですね。動いて前に出てしまった以上、スピードを緩めるわけにはいかないので、ここでいくしかないと、そこから一気にいきました。
2回目のスパートは、かげで距離を確認
2回目のスパートは、どんな感じだったのですか?
最初のスパートでスピードをあげたとき、佐藤君に余裕があるのは分かっていたので、佐藤君がきたら、もう1回後ろにつかせて、もう1回勝負だなと思っていました。ですから、何度も後ろを振り返りながら、「ああついてきているな」と見ていたんですけれども、ランナーの心理として、あのくらいの距離までくると、ちょっとの距離が命取りになるので、あの距離まできて誰かに仕掛けられたりするときというのは、ぴったり背中につくんです。でないと、ズルズル、ズルズルと拡がってしまうので。
それが、ついてきているとはいえ、1m、2mくらいあいていたので、「ピッタリつくはずなのについていないということは、もしかしてキツイんじゃないかな」と思って、「これはもう、ここしかないな」と、そのときは自分で考えて2段目のスパートを図ったわけです。そしたらやはり徐々に徐々に差が開いて、その時点である程度優勝を確信はしたのですが。
そこからゴールまでの道のりは?
長かったです。
意外ですね。テレビを見ていて、これはもう余裕だなと思っていました。
やはり一度仕掛けて体力を使っていますので、「もう一回追いつかれたら、ちょっとやばいな」という気持ちと、「ここまできたら逃げるしかない」という気持ちとがあって、このままいけると勝てるという期待と、追いつかれたらどうしようという不安とが自分の中で入り混じりながら、「いくしかない」と。果てしなく長く感じて、何度も後ろを振り返って確認していました。
走りながら表情と位置をご覧になられるということですが、振り返って分かるものなのですか?
かげを見ていました。天気が良かったので、ちょうど走っている左後ろ側に見えて、それで距離を確認していました。大きく振り返ってしまうと、「こいつ結構きついのかな」と思わせてしまうのと、スピードもロスしてしまうので。
今回、太陽が出ていて良かったですね。
本当にまさにそうです。出ていて良かった。

もっと切れのいいスパートを出さないと勝てない
競技場に入るまで不安と期待で、ゴールでやっとホッとされましたか?
ゴールテープを切って、不安から解放された感じです。
2ヵ月での新しい挑戦が、かたちになりましたね。
今後の陸上人生においてもプラスになることですし、新たなチャレンジをして結果が出たことに関しては、自分自身良かったなと正直思います。
大八木監督(駒澤大学)と福嶋監督(富士通)から、どんな言葉をもらいましたか?
両監督から「勝ってよかったな」といわれました。大八木監督からは「やっぱり自分の力だけで勝ったわけではないのだから、これまで支えてくれた人たちへの感謝の気持ちを忘れるな」とも。
レースでの反省点と課題点を挙げるとすると?
課題としては、給水ですね。何回も失敗したので、もうちょっと考えないといけないと思います。あとは、15kmあたりから腹痛が、実はずっとあったんです。それは消化に関係する痛みではなく、神経痛のような痛みです。「さしこみ」といっていますが、腹痛にずっと耐えていて。それが起きるのは走り方がどちらかに傾いているなど、バランスが悪いときなので、次に走るときには出ないようにしないといけません。
レース展開に関しては勝ちパターンで勝てましたが、反省点を一つ挙げるとすれば、スパートしてから、やっぱりペースが上がりきらなかった。「はまってしまう」とランナーの間では表現していますが、あまりに遅いペースでずっと走っていると、そのペースにはまってしまって、あげられなくなってしまうんです。向かい風があったにせよ、今回はスパートした後にあまり上がっていなかったので、あそこのスパートで、もっと切れのいいスパートが出せるように、今後練習をしていかないといけないと思いました。

最終目標である北京オリンピックに向けて
今後のスケジュールを教えてください。
最終目標は北京オリンピックですが、世界陸上に選考されるようなことになれば、国内で開催される大会ですし最善を尽くしたいと思います。当面の目標としては、スピード強化という意味で、春はトラック練習をします。
スピード強化というのは、マラソンのどういうところに効いてくるんですか?
一般的にマラソンというのは「1kmを3分で」というのが基本になりますが、トラックになると、1キロを2分50秒、2分45秒と、10秒から15秒くらい速くなるので、その練習をしておくことによって、3分というペースに余裕が生まれるんです。身体が速いペースに慣れるので、楽に感じられるのです。
あと、トラックレースはマラソンと違って急激なペースの変化があります。ペースの上げ下げが1つのレースの中にあって、いくつも波があるので、それを経験しておくことによって、マラソンでの急激なペースの変化にも対応できるという狙いがあります。

具体的な種目は?
5000メートル、1万メートルのチャンスがある中で、自分の体調を考えて、いくつかの大会・記録会に出る予定です。基本は1万メートルで強化していきたいと考えています。
最後にメッセージをお願いします。
別府大分マラソンでは、新しいスタイルを試して、そのスタイルがうまく機能して優勝できましたが、それだけではなくて、今回の優勝は、自分が走れなかったときも含めて、これまで色々な方々に支えられて勝つことができたというのを本当に実感した大会でした。支えてくださる方がいて、初めて自分が走れるんだなという思いが、自分の中ではかなり強い思いとしてあります。今後も感謝の気持ちをもって走っていきたいと思います。
最終目標の北京オリンピックに向けてハードルはかなり高いですし、ハードルはいくつもありますが、最終的にオリンピックというものに行ければいいなと思っています。
ありがとうございました。
大会情報(開催済み)
第56回 別府大分毎日マラソン大会
兼 第11回世界陸上競技選手権大会代表選手選考競技会
兼 日本実業団海外派遣選手選考会
主催
九州陸上競技協会、大分県、大分県教育委員会、別府市、 大分市、
別府市教育委員会、大分市教育委員会、 RKB毎日放送、毎日新聞社
日時
2007年2月4日(日曜日) 12時スタート
コース
別府大分毎日マラソン日本陸上競技連盟公認コース
(大分市営陸上競技場発着点、別府市別府国際観光港前折り返し)42.195Km
>第56回 別府大分毎日マラソン大会公式サイト



