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2007年4月に富士通陸上競技部のキャプテンを後輩の鈴木に譲り、気分を一新した三代直樹選手が、久々にフルマラソンのスタートラインに立ちます。学生時代(順天堂大学)から活躍していますが、常にケガとの闘いでマラソンを走りたくても走れない状態が続いていました。しかし今年は陸上人生の集大成という意識でマラソン練習に取り組み、長い距離の練習もこなしてきました。特集Vol.3では三代選手のこれまでと今シーズンの取り組み、福岡国際マラソンにかける思いをご紹介します。
自分の目指すところとのギャップはあっても、選手をやめなかった

三代選手の陸上人生を振り返ると、トラックレースでは高校時代に1994年国体5000mで優勝、1996年世界ジュニア10000mで7位入賞、学生時代に1997年関東インカレ10000mで優勝、1998年日本インカレ10000mで優勝、入社後の1999年にユニバーシアード・シシリー大会で5000m銅メダル、同大会10000m銀メダル、2000年日本選手権10000mで5位(日本人1位)、2001年日本選手権10000mで5位(日本人3位)、2001年南部記念陸上5000m優勝、そして2001年世界選手権エドモントン大会10000m*に日本代表として出場(22位)するなど華々しい戦歴を刻んでいます。タイプ的にはスピードランナーで、5000mのベスト記録は13分36秒79(2000年)、10000mのベスト記録は27分59秒39(2000年)です。
駅伝も中学時代から活躍し、学生時代には大学4年の1999年箱根駅伝で2区の区間新記録(2007年現在も破られていない区間記録)を出して母校の順天堂大学の優勝に貢献し、社会人1年目のニューイヤー駅伝2000では同期の藤田選手と共にメンバー入りをしてチーム初優勝に貢献しています。さらにマラソンでは1998年に日本学生マラソン選手権で優勝、2003年2月の東京国際マラソンで2時間10分33の成績で4位に入賞しています。
*三代選手が出場した2001年世界選手権エドモントン大会10000m決勝レースには世界の強豪選手25名が出場し、ハイレベルな闘いが繰り広げられました。優勝したのは2005年に富士通陸上競技部に加入したカマシ選手、3位は昨年の福岡国際マラソンで優勝したゲブレシラシエ選手。
2001年世界選手権エドモントン大会閉会式の様子。
しかし、こうした数々の活躍の裏で三代選手は常に坐骨神経痛という故障に悩まされていました。足の状態が良くなく、大会本番で肉離れをするなどケガに苦しむ時期が続き、2002年の年明けには思い切って腰の手術をしました。状態は思ったより良かったのですが、再出発として臨んだ2003年の東京国際マラソン、同年の世界クロスカントリー大会以降も痛みと神経痛はずっと続いていました。以降、日の丸を狙ったトラックレースやロードレースで活躍することはありませんでした。
三代選手は「悪い状態になってから自分が目指すところとのギャップが凄く大きくて、2、3年間はもがいていました」と話します。苦しみ抜いた中で三代選手が下した決断は、世界選手権やオリンピックを狙うことにこだわるのではなく、富士通陸上競技部のメンバーとして駅伝でしっかり力を発揮していくこと。「ニューイヤー駅伝には毎年出場しています。1年を通して走れなくても、駅伝ではポイントを狙って走ることができます。おそらく、こうしたギャップで競技をやめていく選手は多いと思うのですが、私がやめなかったのは・・・、明確な理由はないんですけれども、チーム一丸となってやっていることの楽しさでしょうか。強くなかったときの昔を思い出すというか、やっぱり楽しいんですよね」
現在も神経が麻痺して『足に伝わらない』という感覚は続き、走りながら足が流れてしまうそうです。故障が治らないままのギリギリの状態で現役選手を続けるという精神的な強さ。富士通陸上競技部の後輩たちに話を聞くと、ケガを抱えながら走り続けている三代選手の姿勢から学ぶことも多いといいます。
富士通陸上競技部、駅伝に向けた練習。
最後の代表選考会、どうしてもマラソンを走りたい
三代選手は過去に4回、マラソンのスタートラインに立っています。最初は1998年の日本学生マラソン、2回目は入社前の1999年2月の別府大分毎日マラソン、3回目は2003年2月の東京国際マラソン、4回目は2005年3月のびわ湖毎日マラソンです。その中で完走したのは日本学生マラソンと東京国際マラソンのみ。別府大分毎日マラソンは22kmで途中棄権でした。社会人となって2度目のマラソン参戦となった2005年のびわ湖毎日マラソンは、同年夏の世界陸上ヘルシンキ大会の代表選考会を兼ねていたため、富士通陸上競技部からは三代選手だけでなく帯刀選手や藤田選手を含む計5名の選手が参戦しました。実力者が揃い、上位入賞が楽しみでもあり、三代選手と藤田選手という同期対決もファンには楽しみなレースになるはずでしたが、残念ながら三代選手は15kmで途中棄権となりました。
第60回びわ湖毎日マラソンでは、三代選手と藤田選手の両エースが初めて揃いました。
一方の藤田選手は度重なる故障で約3年間、マラソンの舞台から遠ざかっていましたが、2005年のびわ湖毎日マラソンを完走。結果は10位でしたが復帰への足がかりを得て、同年12月の福岡国際マラソンで3位入賞を果たしました。そして翌年の2006年福岡国際マラソンでゲブレシラシエ選手との出会いを経て、今年2月の別府大分マラソンで復活優勝。当サイトの特集でも紹介してきたように、今年12月2日の福岡国際マラソンでは、陸上人生の全てを賭ける気持ちでレースに臨みます。
陸上人生の集大成としての福岡――奇しくもこの気持ちは藤田選手のみならず三代選手にも共通していました。2002年の手術以降、『駅伝でしっかり力を発揮していくこと』を主な信条にしてきた三代選手ですが、2006年に入って2度目の手術を行い、今年3月に30歳を迎え、「年齢を考えても、来年の北京五輪が最後のオリンピック。自分自身の陸上人生の集大成として、やはり最後に走りたいのはマラソンしかない」と、今シーズンに入ってからフルマラソンに打ち込むことを決めました。もちろん1年を通して足を良い状態に保つことはできないため、周囲からは『足の故障があるのだからマラソンではなくクロスカントリーを目指したほうがいいのではないか』と勧められたりもしました。けれども「代表になれる、なれないは別としても、五輪に向けた代表選考会に出られるとしたら今年がラストチャンス。どうしてもマラソンをやりたい」という強い意志は揺るがず、マラソンに挑戦することを決意しました。
2007年5月、第49回東日本実業団陸上競技選手権
北京五輪代表選考会は12月の福岡国際マラソン、2月の東京マラソン、3月のびわ湖毎日マラソンがありますが、東京ではなく福岡に出場することを決めたのは、『本気で最後に狙うマラソンにするなら、駅伝を考えずにマラソンに打ち込め』との福嶋監督の配慮もあったようです。マラソンの舞台から遠ざかっていた“スピードランナー”が、久々のマラソン、そして最後の日の丸に向けて、夏から本格的なマラソン練習を始めました。
どんなペースであろうと序盤から離れるのはイヤだ
ケガが完治しない状態でのマラソン挑戦は、2002年の1回目の手術明けから2003年の東京国際マラソンまでの時期も同じでしたが、「前回のときと比べてポイント練習のレベルは低くなっていますが、インターバルを長くして少ない本数ながらも、集中して取り組むことができています。長い距離も踏ん張れるようになっています。たぶん一番大きいのは気持ちの違いだと思います。とにかく練習を途中でやめないこと。朝練習、午前練習、午後練習という1日3回の“3部練”も今年からできるようになりました。もちろん身体にダメージはあるんですけれども、継続してやっているとスタミナがついてくるようになるので乗り切っています」と前回よりも質の高い練習をこなしてきた自信を覗かせます。
実際、今年9月の5000m記録会では5年ぶりに13分台をマークしました。「よく5年間もやっていたなと思いました」と三代選手は笑いますが、工夫して練習に取り組み、辛くても我慢するなど気持ちで乗り切った成果は着実に現れているようです。10月下旬から11月上旬までの合宿では3本の40km走を順調にこなし、あとは大会直前まで疲れを残さず、コンディションを万全に整えるだけです。
福岡国際マラソン本番まで、あと数日。一足先に31歳を迎えた同期の藤田選手について「この9年間を見てきて、藤田はずいぶん柔らかくなってきたと思います。今度の福岡では対決させてもらいたいなという思いですね。一緒に走ることが楽しみです」と三代選手は話します。気になる本番への意気込みは「序盤から離れるようなつまらない展開はしたくない」とのこと。今年1月に誕生した愛息・隆誠(りゅうせい)くんをはじめ、家族の支えも大きな励みとなっています。「マラソンの経験が少ないので東京のときも目安が分からなかったですし、今回も目安が分かりません。でも、スタートラインに立てば先頭集団にはついていきたいです。どこまで先頭集団にくらいつけるかのみです。おそらくハイペースな展開になると想像しますが、どんなペースであろうと納得のいくレースがしたいです」と最後に力強く語りました。

三代選手コメント
ケガが治らず、辛い時期もありましたが、ここまで現役を続けてこられたのも応援してくださった皆さんのおかげです。期待に副えるような結果を何も出せずにいて、申し訳ない気持ちで一杯ですが、福岡国際マラソンでは最後まで頑張って走りたいと思います。応援よろしくお願いします。



