top of this page

Fujitsu The Possibilities are Infinite

 

  1. ホーム
  2. スポーツ活動
  3. > 富士通陸上競技部
contents start

sports.fujitsu.com〜富士通のスポーツ活動〜

スポーツ活動ナビゲーション(>クリックでスキップ

陸上競技部 Official Web Site

高橋コーチに聞く!

特集:ニューイヤー駅伝2007

スペシャルインタビュー目次

Vol 2では、高橋健一コーチのインタビューをお届けします。高橋コーチは1998年〜2005年の元旦まで毎年ニューイヤー駅伝に出場し、2年前からプレイングコーチとして選手をサポートしています。今回は、富士通長距離陣についてお話を伺いました。

選手と練習中の高橋コーチ(2005年の合宿にて)

インタビュー

Q.今年の長距離陣について印象をお聞かせください。

全体的に力はついてきている気がしますが、“安心して任せられる”という点に関しては、まだまだ課題が残っていると思います。

Q. 一番上は31歳の藤本選手、一番下は23歳の村上(康)選手というチームの中で、主力の年齢層は? また、あえて注目選手を挙げるとすると?

やはり三代、尚孝(高橋)、藤田といった30歳前後の選手が主力で、特に三代は調子が上がっています。ここ数年は怪我で不調でしたが、今年に入ってから良くなっています。見ていても、昔とは何かが違う強さを感じます。若手で挙げるとすると、太田、康則(村上)、良則(鈴木)、先日の大会で自己新を出した越川でしょうか。

Q.「東日本実業団対抗駅伝大会」は正月の「ニューイヤー駅伝」の前哨戦として注目される大会ですが、昨年は12位という結果に終わりました。

東日本駅伝は、チームの出来具合や、他チームとの力関係を見ることができる大会で、富士通チームも力はあったほうだと思うのですが、結果は惨敗でした。新人に任せて挑んだのですが、勝負をさせてもらえず、すべて裏目に出てしまいました。

Q.ところが、ふたを開けて見れば元旦は3位。東日本駅伝からニューイヤー駅伝まで約1ヶ月半ありますが、その間、どのような調整をするのですか?

長距離陣の練習というのは、夏に長い距離を走って身体を作っていきますが、秋になるとスピードに身体を慣れさせるために短い距離を走ります。量から質へと、10月前後は練習内容がガラリと変わるので、自分も経験ありますが、選手たちにとって非常にキツイ練習が続きます。そして11月の上旬までスピードに慣れる練習をこなし、大会までの1週間はコンディショニングで、バネをためる時間となります。

東日本駅伝からニューイヤー駅伝までの期間も、特に何か特別なことをしているわけではありませんが、東日本に出場した選手は何が悪かったのか個人で反省点を持っていますので、それを各自で修正しますし、コーチがアドバイスをすることもあります。

Q.コーチとして苦労されているところはありますか?

選手のときは自分が走って結果をだすことに専念していればよかったのですが、コーチになると、なんとかして選手に走ってもらいたいという気持ちになりますので、この“走ってもらいたい”という思いが、なかなか結果に結びつかないというところが難しいですね。選手一人ひとりの取り扱い説明書が書けるのではないかと思うほど、各人の個性を把握するようになったのもコーチになってからですし、選手との付き合い方のコツというのも、最近やっと分かってくるようになりました。遅いですけどね(笑)

Q.最後になりますが、富士通陸上部のファンへ向けて一言お願いします。

今年の福嶋監督は「どんな小さな大会でも勝ちにこだわる。なんでもいいから1番になる」という思いが強いです。長距離陣にも、自分がエースになってやろう、人任せでなく自分がやってやろう、という気持ちを持つ選手がこれから増えていくと思います。

2007年元旦のニューイヤー駅伝は、おそらく混戦模様となりますので、昨年順位(3位)から転落しないように頑張りたいと思います。まだまだこれからのところもありますが、是非長い目で長距離陣を見守ってください。よろしくお願いします。

高橋健一プロフィール

タイムを測る高橋コーチの後ろ姿

高橋コーチ写真ハーフマラソン日本記録保持者(21.0975km:1時間0分30秒)、ニューイヤー駅伝2区記録保持者(22.0km:1時間1分36秒)。秋田県出身。小学生時代は野球とクロスカントリースキー、陸上は中学生になってから始める。最初は中距離選手だったが、途中から長距離に転向。名門・県立花輪高校では5000mでインターハイに2度出場し、順天堂大学時代は毎年箱根駅伝を走る。富士通へは98年に入社(移籍)。自他ともに認める“飛ばし屋”型のランナーで、2000年1月1日のニューイヤー駅伝優勝後、1月10日に開催された「東京ハーフマラソン」において、"10,000メートルを走るようなスピード"で序盤からレースを引っ張り、これまでの日本記録を12秒も更新する快走で日本最高記録をマーク。翌年の東京国際マラソンで初優勝し、2001世界陸上エドモントン大会のマラソン日本代表に選出。また、ニューイヤー駅伝には故障をおしつつも、2005年1月まで毎年出場した。さらに2005年3月の福岡国際クロスカントリーでは復活の走りを見せ、世界クロスカントリーの日本代表に選出された。2年前から富士通陸上競技部長距離陣のプレイングコーチを務めている。

スペシャルインタビュー目次